その通知は突然やってきた
「解雇が始まるって噂、知ってる?」
同期の間ではそんな話題で持ちきりだった。エアライン業界はコロナによって大打撃を受けて、3月以降はフライトもほとんど無いような状態で半年が経過していた。
当然みんな不安で、他社のようにいつ自社も解雇が始まったっておかしくない、そんな状況だった。すでに自主退職の募集は開始されていたものの、なんとか持ち堪えているようには見えていた。
もし万が一、解雇が始まったとしても、内心どこかで新入社員は大丈夫なんじゃないか、契約満期の人材やパフォーマンスの評価などの基準で対象者が決まっていくのではないか…そんな憶測ばかりが飛び交って、まさか自分たちが対象になってしまうとは思ってもいなかったというのが正直なところで、通知が来るその瞬間まで他人事だと思っていた。
その日も変わりない日常を過ごしていて、仕事もない・待機ばかりで暇だなぁなんて文句までこぼしていたくらいだ。
予感の一通目
会社からのメール通知音が鳴ると寝ていても瞬時に目が覚める。(個人的にはスタンバイコールアップや会社メールの通知にビクビクしているのは新人あるあるだと思っていたけど、他の新人クルーはどうだったんだろうか) そんな生活を約半年送っていたから、今回も例外ではなかった。
—«通知音»—
通知音がイヤホンから聞こえ、メールが通知センターに表示されたその瞬間に本文を開いて、スクロールしてもメールフッターが現れない長い英文がつらつらと並んでいた。
会社はついに社員の解雇を始める旨、対象者についてはその週の間に連絡が来るといった詳細から、この決断に至った経緯と社員に対する思いや謝罪までが書かれていて、私は歩く足を止めてただただ茫然と道の真ん中で立ち尽くして、鼓動が早くなっていくのを感じていた。
「ついに来た。」
気づいたらすぐに家族のグループLINEに(ついに解雇が始まったよ)とメッセージを送っていた。携帯を持つ手は少し震えていて、『嫌な予感』という表現がぴったりなくらい何かを予期するように不安に駆られていた。家族は当然そんな私を気遣うようにまだ分からないから気をしっかり持ってなんてフォローも忘れない優しい存在だった。
確信の二通目
もう正直時間の感覚なんてものは記憶になくて、おそらく最初のメールを受け取ってから1時間ほど経過した頃、二通目が来た。あの耳奥まで届く自分の心音の感覚を私は一生忘れないと思う。
“–月–日–時 本社出勤 ”
はっきりとそこに記載がなくても、もう分かる。「ああ…私、クビだ」と思わず声が出た。
本社出勤までの数日間はまるで生き地獄のようだった。
人の優しさも優しさと感じることができず、メッセージにもまともに返信する気にもなれない。むしろ腹が立つ始末だった。まだ正式な通告も受けていないのに、どこからか事情を知った友人達は解雇だと決めつけて「大丈夫か」なんてあんまりじゃないか、と自分だってもうわかっているはずなのに生まれる矛盾と黒い感情がぐるぐると脳内をめぐっていく。心の余裕なんてあるはずもなかった。
解雇通告翌日
ひとしきり泣いて、内定していた大手国内エアラインに行っていればクビになんてならなかったのにとぼやいて、いやそれでも後悔していないと自分に言い聞かせるように自己解決した後は、狂ったように英文履歴書や職務履歴書の作成を始めた。
今思えば、行動力の早い自分は落ち込み塞ぎ込む時間も人より少なく済んだのかもしれない。ある意味現実的で冷静、今何をするのがベストで、何が無駄なのか、あの状況でしっかり判断できた自分自身を今は褒めてあげたいと思う。